本と装丁


未だにHPは更新されていないようだが、
ようやく近くの書店でも
福田恒存評論集』が棚に並んでいた。
それなりに大きい本屋なのだが、
一冊だけのようで棚にぽつんと縦置きされていた。
棚の下の平台に吉本隆明の新著が
平積みされているのを見ると、
ぼやきの一つや二つ、もれそうになる。


装丁のフランス装というのは知っていたが、
軽フランス装というのは知らなかった。
http://in-flux.seesaa.net/article/10310019.html
こちらのブログにフランス装の図があるが、
これにブックカバーが付いた状態だったので、
要はブックカバー付のフランス装の事を言うのだろう。
今日日フランス装というのは珍しくなっただけに、
手元にあるフランス装の本はこれだけかもしれない。


文芸春秋社の『全集』の時は
やたら頑丈な作りになっていたが、
それと比べると今回は少々華奢な感じがする。
http://d.hatena.ne.jp/funaki_naoto/20071128
こちらのブログによれば、
印刷は『全集』と同じところだそうだ。
内容に関して言えば、
初出が付いたのが良かったが、
底本は『全集』の第六巻のみで、
今回の第八巻には未収録作は
含まれて居なかったと思う。


http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog
/C1310380191/E20071126190458/index.html
こちらのブログで装丁の重要性が力説されているが、
それにしてもブックカバーが当たり前に
なったのは何時頃からであろうか。
文庫や新書ですらも今はカバーが当たり前で、
最近は図書館でもカバーを付けたままにしている。
http://www.booker.co.jp/
http://www5b.biglobe.ne.jp
/~gdawn/other/cover/cover.html
図書館はおろか個人でも
こういったカバーのカバーを掛ける事は
珍しい事ではなくなったし、
書店ごとのブックカバーも広く用いられている。


環境にさほど悪影響を与えているとは思えない、
スーパーのレジ袋や商品の包装紙の類が
「過剰包装」と言う事でよく叩かれていたが、
「過剰包装」が常態化し、
それがもはや変だとも思わなくなった、
本の世界は一体何なのであろうか。
古臭い流通システム、慣習、認識、
皮肉な事に先進的と自他共に考えられている、
諸々のメディアの方が他の産業人や実業家よりも、
遥かに遅れてしまっていると言う事が多々ある。
新奇のものに気を取られるばかりで、
既存のものに対する反省が我々には足りていない。
装丁一つとってもそうした事は言えよう。